【美山かたり】

vol.35

仕事も暮らしも全て繋がっている。観光を入り口に、地元の子どもが誇れるまちに

美山の中でも北に位置する、鶴ヶ岡地域。かつて若狭地方と京の都を結ぶ主要街道・鯖街道の宿場町として栄えたこの地に、2023年夏、南丹市初となる分散型宿泊施設「NIPPONIA」が誕生しました。地域で空き家となっていた古民家を再生し、「NIPPONIA 美山鶴ヶ岡 山の郷」と名付けられた宿泊施設は、鶴ヶ岡で暮らす住民の期待も背負いながら、動き始めました。運営する古北真里さんは、鶴ヶ岡出身。大学在籍時は大阪市内で暮らし、卒業後にUターンしました。

「子どもの頃から美山が大好きだった」と話す古北さんは、どのような思いで美山で暮らし、働いているのでしょうか。

地域の思いを背負ってスタートした、NIPPONIA

「なつかしくて、あたらしい、日本の暮らし」を手掛けるNIPPONIAは、北海道から沖縄まで全国各地で宿泊施設を運営しています。日本の原風景を体感して欲しいという思いから、ホテルや旅館とは違う、新しい滞在のかたちを提供。古民家に宿泊し、同時に地域の人との交流や郷土料理を食するなど、さまざまな体験コンテンツを用意しているところが特徴的です。

  • NIPPONIA 美山町鶴ヶ岡 山の郷 蛍火

「NIPPONIA 美山鶴ヶ岡 山の郷」も、鶴ヶ岡地域で空き家になっていた3軒の古民家を宿泊施設として蘇らせ、地域の文化や街並みを未来に繋いでいけるようにとの思いから始まりました。

注目したいのが、運営母体の構成です。鶴ヶ岡の住民によって組成された鶴ヶ岡振興会、地元の建設事業者である株式会社木村、全国でまちづくり事業を手掛ける株式会社NOTEの三者が共同出資し、鶴ヶ岡まちづくり株式会社を設立し、NIPPONIA 美山鶴ヶ岡 山の郷を運営しています。

生まれ育った鶴ヶ岡をフィールドに

担当の古北さんは、約20年前に美山町にUターンし、美山の観光や地域振興に関わったことが、宿の開業に繋がったと話します。もともと、そうした仕事に興味があったのでしょうか。

「いや、たまたまですよ(笑)。美山は好きだからいつかは帰る気ではいました。でもUターンしたのは、卒業後に海外へ行きたいと思い、ワーキングホリデーのためのお金を貯めようと戻ってきたことがきっかけです。その時、美山町自然文化村 河鹿荘のフロント係に声をかけてもらったんです」

  • 美山町自然文化村河鹿荘

当時町営だった河鹿荘は、美山観光の入り口。初めて訪れる人に、まちの魅力を伝える窓口としての役割が驚くほどフィットしたと、古北さんは振り返ります。

「大好きな美山のことを伝えられるのが楽しくて。観光の仕事は、自分のやりたいことにも繋がると感じました。最初から壮大な夢があったわけではなく、うまくパズルがハマっていったんです」

河鹿荘で13年間所属した間に、古北さんは美山の人と結婚し、3人の子どもを出産。朝が早く、夜遅いフロントの仕事と子育ての両立が難しくなり退職をした後、鶴ヶ岡振興会の事務局員として2年勤務の後、京都府の里の公共員として5年、生まれ育った鶴ヶ岡で仕事をすることになります。

大工のお兄さんが独立して、株式会社木村を設立。古北さんは役員になり、事務を手伝うようになります。同時に、祖父・父も大工で、子どもの頃から家に関わる仕事を見てきたことも重なり、「空き家が増えるのは寂しい」という思いが募っていったそうです。

「家は住んでこそ守られます。いつかは空き家を活用し、古民家のよさや美山の魅力を知ってもらうことでUIターンを増やしたいと考えました」
  • NIPPONIA 美山町鶴ヶ岡 山の郷 蛍火

地域の人にも相談し、鶴ヶ岡で空き家になっていた3軒を一棟貸しの宿に生まれ変わらせ、2023年夏にNIPPONIA 美山鶴ヶ岡 山の郷をオープン。高付加価値の宿を開いてお金を落としてもらうことだけを目的にするのではなく、地域の人にも興味を持ってもらい、利活用の参考にしてもらえるような宿を目指しています。

「外の人ではない私が地元の人として古民家を活用することで、空き家のまま置いておくのではなく、手放したり貸したりして宿にする方法があるんだと知ってもらいたいと思いました」

宿泊する人には暮らすように旅してもらいたいとの思いから、使い勝手にもこだわりました。

「建物は宿としてだけではなく、人が住めるようにしています。台所も使いやすく、お風呂も広く取りました。暮らしが見えるようなリフォームをしているのが特色です」

食事や体験は地域のみなさんと共に

NIPPONIA 美山鶴ヶ岡 山の郷は、分散型宿泊施設であることも特徴です。鶴ヶ岡の地域コミュニティの中心でもある「ムラの駅 たなせん」でチェックインし、食事も同集落内にある飲食店でとってもらうことで、地域の暮らしに溶け込める工夫が凝らされています。

  • ムラの駅 たなせん

また、暮らしや文化を知ってもらうための体験プログラムも充実しています。季節限定のものも含め、年間20以上を用意。蛍鑑賞ツアー、稲刈り体験、金継ぎ体験などを開催しています。

「たなせんでチェックインして宿まで歩く間に、地域の人と挨拶をしたりおしゃべりをしたり。そういう日常を楽しんでもらいたいですね」

時には、インターネットには載っていない、地元の神社の例祭や地域住民のための小さな夏祭りなどをご紹介することもあるそう。足を運んだからこそ出会える人や機会も、旅の醍醐味です。

何もしない、を楽しんで

年間80万人の観光客が訪れる美山の中でも、鶴ヶ岡まで足を運ぶ人が少ないことから、古北さんは「究極の田舎」と呼んでいます。美山を訪れる人におすすめしたい過ごし方はどのようなものでしょうか。

「何もないんですよ。宿にはテレビも時計も置いていません。施設案内には、『21時以降は自然の音を楽しんでください』と書いていて。生き物の鳴き声、川のせせらぎ、雲の流れ、空を飛ぶ鳥などを楽しんでもらいたいですね。きっと、ぼーっと座っているだけでも楽しめるはずです」

  • 鶴ヶ岡地区

お話をお伺いする中で、古北さんの口からは、何度も「楽しむ」という言葉が出てきました。それは、仕事も暮らしもごちゃ混ぜにする古北さんが大切にしていることでもあります。

「自分たちのまちは、自分たちの手で支えていかないといけません。仕事もですが、Uターンしてきた同世代と、田舎暮らしを楽しみながら様々な活動をしてきたことが、今に繋がっています。観光の仕事と暮らしは一見バラバラに思えますが、私にとっては全部繋がっていて。美山に暮らすことで、景観や文化が守られて、それが観光資源にもなっていきます。まさにエコツーリズムです。ここで生きることが、まちを未来に繋いでいくことになるんです」
「私は生まれ育った美山の環境を誇りに思うから、胸を張ってこのまちが好きと言えます。観光地として名前が知られたことで、数々の賞をいただき、年間80万人が訪れるようになったことは、経済効果よりも目に見えない貢献は計り知れません。観光業は、子どもたちの美山を誇りに思う気持ちを育むことに貢献できるはず。これからも自分が楽しむことを忘れず、訪れた方にも田舎暮らしの楽しさを伝えていきたいです」