【美山かたり】

vol.29

一本の木から生まれる暮らしの実験。漆を育て、漆と暮らす漆作家

縄文時代から現在に至るまで、暮らしを支えてきた漆。独特の質感や光沢を備えた漆を用いて、汁椀や重箱など多くの漆器を生み出してきました。また、各時代を代表する建物や仏像、芸術品にも漆は重宝されています。
コロナ禍では家で過ごす時間が増えたこともありブームになった金継ぎは、漆の塗料・接着剤としての役割を活かし、器の割れや欠けを漆で繋ぎ、金粉や銀粉などで装飾する日本古来の修繕技法です。

そんな漆の美しさや奥深さに心を奪われ、清水愛さんは漆作家としての活動を始めました。どのように漆に出会い、美山へやってきたのでしょうか。

人間国宝の作品に心を奪われた、漆との出会い

清水さんが漆に出会ったのは、20数年前、たまたま旅行先で訪れた香川の高松市立美術館にて。人間国宝の音丸耕堂先生の作品を見たことです。

「この世にこれほど美しいものがあったのか」と感動した清水さんは、漆に興味を持ち始めました。

「日本のさまざまな伝統工芸や手仕事はどれも、どんな材料でどのように加工して作られるのか、なんとなくイメージが付きます。でも目の前にある作品は、これまでの私の経験や知識ではどうやって作られているのか全くイメージができませんでした。知りたい。その思いでまずは漆の教室に通うところから始めました」

当時、OLとして働いていた清水さんは、仕事を続けながら漆工房の体験教室へ通いました。その後、本格的に漆職人として歩んでいく決意をし、退職。修復や器の制作などを学び、独立します。

「漆の技術に基本はありますが、産地によっても異なる点があり、装飾は職人の数だけ技法があると言われています。漆の魅力は奥深く、どんどん掘っていけるんです。技術だけでなく、使われている道具の作りはどうなっているかなども知りたくなって。漆の世界の中でも興味が移り変わっていって、飽きないんですよね」

山と里を繋ぐ、漆の森

2015年には、漆の文化を未来につなげるため、“漆と暮らす”をコンセプトに「urujyu」を立ち上げました。2020年には、当時住んでいた亀岡から美山へ移住。道の駅「美山ふれあい広場」からほど近い場所に自宅兼工房を構えます。

美山に移り住んだのには、二つ理由がありました。

一つはパートナーの職場が、美山だったこと。子どもができたことで、パートナーも子育てをしやすいように職場の近くで暮らし時間に余裕を持ちたい、田舎で子育てをしたい気持ちが大きくなったそうです。
そして二つ目が、自らの手で漆を育てられる土地を求めていたことです。

「漆の仕事をはじめてから約20年。当初から、国産の漆がなくなってきていると言われてきて、なんとかしたいと考えてきました。料理好きの人が家庭菜園を始めるように、いつか自分で漆を植えたい気持ちがあったんです。美山だったら叶うので、ここにしようって」

漆が育つのは、里と山の間の中山間地域。美山なら、昔ながらの育て方ができそうだと考え、移住を決めました。

清水さんは現在、借りたり譲り受けたりした土地3ヶ所で、約80本の木を育てています。
漆を掻けるようになるまで、10数年。少し時間がかかるように思いますが、清水さんにとっては、これくらいゆっくりとした時間軸が逆にいいのだとか。

「漆を育てるのにほとんど手間はかかりません。草刈りをしたり鹿に食べられないようにネットを張ったりするくらい。まだ子どもが小さいので、野菜のように毎シーズン種まきから収穫まですると忙しすぎるんです。10数年後には子どもも中学生になり、ある程度は手が離れます。その時に、漆を掻けるようになるくらいがちょうどいいんですよね」

今は10数年後に向けた準備期間、と位置付ける清水さん。自らのライフステージに合わせた、漆のある暮らしを満喫しています。

美山の暮らしを体感する、金継ぎ教室

清水さんはかつて漆作家として器作りもしていましたが、現在は子育てがメインのため、基本的に金継ぎ教室のみ開講しています。

金継ぎ教室のプランはさまざま。気軽に参加できる「一日体験講座」や「オンライン講座」、受講生のペースで直したい器を修復できる「定期講座」、短期間にマンツーマンで学ぶ「短期集中講座」があります。

なかでも人気なのは「金継ぎSTAY」。これは「一日体験講座」「短期集中講座」に合わせて、キッチンとお風呂のついた離れに住み、まとまった期間滞在するもので、海外の方から好評です。

「フランスから訪れる方が多く、アメリカ、ニュージーランド、オーストラリア、ブラジルなど、各国からいらっしゃいます。1週間から2週間ほど滞在する方がほとんどで、金継ぎを集中して学ぶ方もいれば、金継ぎ以外にも日本の暮らしぶりを体験したい方のご利用が多いです」

美山のことを聞かれたら、まずは近所にある南丹市美山観光まちづくり協会をご紹介。レンタサイクルあり、英語対応ができるスタッフがいるので、海外の方も喜ばれているそうです。

時間が合えば清水さんも自転車で一緒に美山を巡ることもあり、友達のように仲良くなる方も多いのだとか。

「1週間以上滞在すると友達のようになりますね。帰られた後も、連絡を取り合いますし、私が海外へ遊びに行ったこともあります。そういう関係が続くのが嬉しいですね」

さまざまな国のお客さんを招いているので、英語がお得意なのかと思いきや、「喋れないのがコンプレックスなんです」と清水さん。それでも、漆の技術を海外の人にも伝えたい気持ちから、翻訳アプリやボディランゲージを用いて、コミュニケーションをとっています。

「対面していると、言葉以外でも相手のニーズが伝わってくるので、日本人の方に教えるのと大差はありません。漆って日本では伝統がある分、こうあるべきというのがしっかりしています。それが私には時に息苦しく思えてしまうことがあって。海外の方に、漆のある暮らしや技術をお伝えした方が、自由に、私らしくいられるなと思っているんです」
漆を育て、漆を掻いて、器をつくる。壊れたら修繕し、役割を終えたら土に還す。一本の漆の木から生まれる暮らしを、自らの手で実験しながら清水さんは生きています。

「美山に来て3年、漆を育てながら金継ぎ教室をして、やっと仕事と家族の暮らしの基盤が整ってきました。美山での暮らしに不満は全くなくて。無理せず、このままじっくり根を下ろしながら、漆のある暮らしをつくっていきたいですね」