【美山かたり】

vol.32

日本の原風景と暮らしの息遣いをそのままに。かやぶきの里を未来に繋ぐ

国の重要伝統的建造物群保存地区であり、ユネスコ無形文化遺産にも登録された、かやぶきの里。江戸時代から明治時代に建てられた茅葺き屋根の家屋が、数多く残されています。

日本昔ばなしに出てきそうな風景は、訪れた国内外の多くの人の心を動かします。そうした風景が令和になった今も残っている背景には、住民が組織した「一般社団法人京都・美山・北村やぶきの里保存会」が景観の維持管理、住民生活の保全を目的に活動していることが大きく関係しています。

かやぶきの里保存会・会長であり、茅葺レストハウス「さかや」のオーナーである中野善文さんも、その一人。かやぶきの里の風景を、次世代に繋ぐために奮闘しています。

生まれ育ったかやぶきの里のために

かやぶきの里の入り口に立つとまず目に入るのが、赤い郵便ポスト。そこから小道を進み、洗濯物が干された家や住民が畑作業をする風景を眺めながら歩いて行くと、ぽつりぽつりと、茅葺き屋根の家を活かした民宿やカフェ、ギャラリー、美術館が出てきます。

さらに奥に進むと、茅葺き屋根の前にpizzaの文字が。ここが中野さんが運営する「さかや」。築220年を超える建物で、中野さんが生まれ育った実家でもあります。
 
  • さかや

「柱を見てください。シールが貼ってあるでしょ。子どもの頃、鉄腕アトムが大好きでね、
そこらじゅうに貼っていたんですよ。当時は文化財になにをするんやって怒る人もいませんでした。だって誰も文化財とは思っていなくて、ただの古い家でしたからね。周りの家が建て替わり、時代から取り残されていた私たちの家が逆に貴重になり、脚光を浴びるようになったんです」

1993年、かやぶきの里は重要伝統的建造物群保存地区に選ばれました。その動きを先頭に立って進めたのが、中野さんのお父さん世代。当時、中野さんは福知山の小学校で教員として働き、地元を離れていました。

「文化財として認められた」。長い期間、美山の外で生活していた中野さんに飛び込んできた嬉しいニュース。幼い頃の記憶が蘇ります。
「私が子どもの頃、かやぶきの里のある北村では文化活動が盛んで、映画や劇を見る機会が多々ありました。本が好きだった私は、本屋さんがない北村に、いつかは本屋さんをつくりたいなとぼんやりと思い描いていました」

「教員の仕事も楽しく離れがたかったのですが、親父が亡くなった後、この家で母は一人で暮らしていました。家と家族を守りたいという気持ちから、予定より早く北村に戻ってきたんです」

地域の食材を使った石窯ピザ

退職後、美山に戻った中野さんは、この家を活かして何かお店をしようと準備を始めました。

この地でお店をするには、保存会が決めた2つの条件をクリアする必要があります。一つは、かやぶきの里に住んでいること。もう一つは、提供するものが住民の生活と繋がっていることです。

考えた末、中野さんは離れを建ててそちらに住まい、子どもの頃暮らした家をリノベーションして石窯ピザのカフェを開くことにしました。

「食べることが好きだったんです。大学のゼミでイタリア文化の研究をしている先生に教わっていたこともあり、イタリアは身近な国でした。教員の頃、学校に地域の人とピザ窯を作り、校庭で栽培した野菜を使ってピザを焼いたこともあるんです。ピザは、大人数でシェアをしながらワイワイ食べますよね。その雰囲気が特別感があり好きで。北村のみんなにも、観光客にも味わってほしかったんです」

参考にしたのはナポリピッツァ。YouTubeを見ながら生地を捏ねて、焼いて。準備期間として1年間、知り合いのナポリピッツァ専門店に修行にもいきました。

そうして出来上がったのが、イタリアの食材と地元の食材を掛け合わせて、ピザ窯で焼き上げたオリジナルの石窯ピザ。国産小麦とトマトソースはイタリアから空輸し、名水として知られる美山の水、美山牛乳のチーズ、そして自分の家やご近所の畑で採れた野菜をふんだんに使用しています。
「オープン前には、村のみなさんにお集まりいただき、ピザの試食をしてもらいました。ピザというと、宅配ピザのイメージが強く、ファストフードを思い浮かべる方がいます。村にはピザを食べたことがない方もいるので、どんな味かを知ってもらうことが大切だと考えました」

当日は93歳のおばあちゃんも足を運び、「美味しい」と感想を伝えてくれました。以来、地元のみなさんからの応援も受け、「孫が来るからピザを焼いてほしい」とテイクアウトの注文が入ることもあるそうです。
 

仕事と暮らしが地続きにある豊かさ

2019年に茅葺レストハウス「さかや」としてオープン。石窯ピザには、ナポリピッツァの定番「マルゲリータ」や、畑で採れたての新鮮なルッコラを使った「ルッコラとプロシュート」などを用意しました。サイフォンで淹れるコーヒーに加え、地元で採れる紫蘇や梅を使ったジュースやジンジャーエールも好評です。

茅葺き屋根の家から見えるのは、美山の山々や田畑。四季折々の風景は、来店した方を別世界へと誘います。

「食事を終えた後も、みなさんのんびりされていますね。『おばあちゃんの家に来たみたい』と話す若い方もいます」

2023年には、かやぶきの里保存会の会長に就任。自分の生活やお店のことはもちろん、村の未来も考えながらの日々が続いています。

「今、北村の住民で一番若いのは小学生5年生。子どもも子育て世代も少ないので、後継者不足が目下の課題です。かやぶきの里にお試し移住をしてもらったり、散策路や茅場の整備を観光客と一緒にしたりする機会を設けたいですね。この暮らしの風景が続いていくように、次世代にバトンタッチできる環境をつくることが僕らの仕事。大変ではありますが、誇りを感じていますし毎日充実しています」
  • かやぶき屋根に欠かせないススキの刈り取りの様子

30年前、父親世代が保存会をつくり文化財として保護したように。30年後のかやぶきの里の風景を想像しながら、中野さんは未来への種まきを続けています。

「美山に戻ってきて、草木や花の名前をたくさん覚えました。四季の移ろいを感じられるようになり、生活にもハリが出てきています。川の水の冷たさ、風の匂い、蛍が飛ぶ景色……。美山に来ていただく方には目に映るもの、感じるもの全てを味わってほしいですね」
 
かやぶきの里の景観を守ること、自分達の生活、そして観光客のおもてなし、それらが三位一体となるような活動ができるのは、この地で暮らし働いているからこそ。全ての歯車がカチッとはまった時、次の時代の風景がよりクリアに見えてきそうです。