ここには看板もルールもありません。あるのは、コテージと貸し農園と畑や田んぼ、そして美山の豊かな自然だけ。
「美山に来たからといって頑張って遊ぼうとしないで。一緒に来た人たちとここで過ごす時間を楽しんでほしい」
とオーナーの大野千翔世さんは話します。
大人が自由に遊び、生まれた場所
江和ランドは、1992年開業。現オーナーのお父さんにあたる大野安彦さんが、江和地区の由良川のそばに長期滞在型の市民農園をつくったことから始まりました。
「畑仕事をするのに田舎の人の手が足りないなら、都市の人の手を借りたらいいのではないかという思いがあったようです。宿泊もできようにコテージも建てました」
しかし、時代の流れと共に交通の便が発達すると、長期滞在型の観光農園はニーズが減っていったそう。今では京都市内から約1.5時間と日帰りで来やすいことから、川遊びとBBQを楽しみに訪れるお客さんも増えました。
「宿泊施設と貸し農園が残って、そこにぶどう畑や田んぼを始めたので良くわからない謎な施設になっています(笑)宿泊の対応をしながら、ぶどうも採るし、お米の収穫もする。合間に日帰りBBQのお客さん対応もする。あっちへ行き、こっちへ行き、1日が24時間じゃ足りないくらい」
たった一棟のコテージから始まった江和ランドは、現在コテージ3棟、貸し農園、BBQコーナー、そしてぶどう畑や野菜畑、田んぼと広がりました。色々やっているにも関わらず、看板も出していないことから、「知らない人からは、この施設はなんなの?って不思議がられます」と大野さんは笑います。
江和ランドを散策してみると、ピザ窯やおくどさんなどもあり、田舎ならではの体験を満喫できるものが揃っているなという印象を受けます。しかし、こうしたものは初めから考えて準備したのではなく、なんと訪れた人が勝手に作っていったものなんだとか。
「懇意にしている左官屋さんがいるのですが、彼が来るとなんかしら出来上がっているんですよ(笑)江和ランドは遊びたいおっちゃんたちが勝手に作っていったテーマパーク。だからわかりづらいんですよね」
実はぶどう畑も、雪が降り積もる美山で作れるはずがないと周囲からの猛反対を受けながら、お父さんが栽培を始めたものだそう。
「ぶどうを作りたいと言い出したけど、10年も実がなりませんでした。江和ランドの10周年の時にやっと実って、ここ数年でようやく道の駅などに出荷できるほどの量になったんです」
数年前には、敷地内に地域の食肉加工処理場も生まれ、猟師さんさんが獲った鹿や猪を持ち込み、加工する様子を間近に見られるようにもなりました。
お米、野菜、ぶどう、ジビエ。そしてそばを流れる由良川で採れるアユやヤマメ、イワナといった川魚など、江和ランドに来れば美山の豊かな食材を味わい、時に収穫や釣りも体験できる。そんな場所に育ちました。
「江和ランドで食べてもらう野菜は、化学肥料や農薬をできるだけ使わないものにしています。お肉は猟師さんが獲ったジビエや京地鶏。お米も来年からは無農薬栽培にチャレンジしてみようと思っているんです。秋には新米の会をしているので、ぜひ食べに来てほしいですね」
美山の魅力は人
お話をしていると、大野さんが美山の食や暮らしをとても好きなことが伝わってきます。しかし、それは一度美山を出たことがあるから、良さを再認識できたのかもしれないと大野さんは語ります。
「親は、就職するなら外に出た方がいいのではないかという考えでした。美山には大学もありませんから京都市内に出て、卒業後は東京でも働きました。世の中のレールに乗って就活もしたんですよ。でも、生粋の田舎民にとって、街中での生活は厳しいところがたくさんありましたね(笑)」
「人工的な匂いとか、水を買わなければならないとか、お隣との交流が希薄とか、お節介なおばっちゃんがいいへんとか。ちょっとしたことなんですけど、積りに積もって。一回、美山に帰ろうとノープランで帰ってきたのが東日本大震災のあった年です」
しかし、都市とのギャップは大きく、美山にUターンした直後はギャップに戸惑ったと振り返ります。
「当時路線バスも走っていないし車の免許も持っていなかったので、ほぼ軟禁状態(笑)無計画で帰ってきたので収入もなく、やばい状況でした」
そこから免許を取り、大野さんは家業に巻き込まれる形で江和ランドに携わるようになっていきます。
Uターンから10年以上が経った今、大野さんは美山での仕事や暮らしをどのように捉えているのでしょうか。
「東日本大震災の時、東京で被災して思ったんです。美山なら、もし災害にあってもなんかしら食べるものがあるし、電気がなくてもだいたいの場所がわかる。なんとか生き延びられる気はしています」
「お金の面では、田舎は厳しい面があります。でも、生活水準を考えると、田舎暮らしの方が豊かだと思うことは多いですね。お金を払って高級料理を食べるよりも、美山で食べるご飯の方が贅沢に思いますし、ロケーションも最高ですよね」
その上で、大野さんが考える美山の魅力は人。
「美しい風景も美味しい食べ物もどこにでもあるけど、美山は人が違うんです。人が良くないと誰もよってこないですし、働いている人間が楽しいと思っていないと来てもらった人も楽しくないですよね」
だからこそ、大野さんは江和ランドを訪れた人や地元の人との繋がりも大切にしたいと続けます。
「江和ランドは人が集まる場所であり続けてほしいです。私たちは生活と隣り合わせの仕事をしているので、美山の暮らしの良さを感じてもらえる場所になったら。ここでお出ししているジビエやアユなどの食べ物はどれも人と人の繫がりの中で手に入る食材です。そういう関係性でここを運営できていることは誇らしいですね」
「うちらがBBQをしながらアユを食べている時、それを隣でBBQしているお客さんに『食べる?』って声をかけることもあります。そんな一言で喜んでくれて、また来てくれる。私たちも楽しいし、お客さんも楽しんでくれる。それが、江和ランドです」
ただ、ここで過ごす時間を楽しんで
大野さんが愛してやまない美山の暮らしをお裾分けしてもらえる江和ランド。最後に、ここを訪れた時のおすすめの過ごし方を聞きました。
「頑張って遊ぼうとしないでと言いたいです。思い出を残すためにアウトドアのツアーに参加するのもいいけれど、江和ランドでは何をするわけでもなく、ゆっくり過ごしてほしいと思っています」
「ルールのように決まったことがないと、人間は返って不安になってしまうみたいですね。たまに『何をしたらいいですか?』と聞かれることがあるんですけど、一緒に来た人たちとここで過ごす時間を楽しんでほしいとお伝えしています」
森や川に囲まれて過ごしながら、大野さんや地元の方々と交わる時間はきっと唯一無二。一度訪れたら、美山や江和ランドの虜になってしまいそうです。