春になったら田植えをし、夏になったら鮎を捕る。秋になれば稲を刈り、冬になったら農耕機の整備や手仕事。かつて暮らしのそばには、季節に応じた作業がありました。そうした手仕事を今に受け継ぎ、未来に繋ごうと活動している人がいます。
平屋八景“蓮如の滝”のほど近く、美山川畔に佇む勘兵衛の店主・井爪三代子さんも、その一人です。
勘兵衛は約40年前、美山初の民宿として始まり、現在は茶店として美山を訪れる方々をお出迎えしています。暮らしの手仕事が随所に光るお店で、美山の暮らしについてお伺いしました。
美山初の取り組みを受け継いで
しかし、両親が高齢になったことやコロナ禍もあり、約40年続けてきた民宿としての営業を終了。2022年春からは、土日祝限定の茶店として新たなスタートを切りました。先頭に立って運営するのが、井爪さんです。
看板メニューは地鶏の親子丼。
「朝捌いた地鶏を使っています。ブロイラーの柔らかさとは違う、地鶏のコリコリとした食感に驚かれる方が多いです。砂ずりや肝などさまざまな部位も入れているので、どの部位が入っているかはお楽しみです」
「美味しく健康的なお米を召し上がっていただきたいと、地域の水車グループで活動しています。実は、水車を使った精米に美山で初めて挑戦したのは、お店の向かいに住んでいた先人なんです。そうしたストーリーもあり、水車が地域交流の拠点になるようにとグループで復活させました」
民宿時代から続く、勘兵衛の地鶏への信頼
「季節のおまかせ田舎定食」も好評です。夏には由良川で採れた鮎を炭火で塩焼きしています。2023年からは「一般社団法人南丹市美山観光まちづくり協会」と提携して、「美山ピクニックランチプラン」もスタート。豊かな自然の中でピクニックを楽しみながら、勘兵衛の特製ランチを食べてもらえるようになりました。
「勘兵衛のお客さんは中高年が中心。ありがたいことに、私たちのお店を目指して大阪や神戸からも足を運んでいただいています。民宿をやっていた頃から地鶏をご提供しているので、『勘兵衛の地鶏』を求めてくれているのかな。口コミで広がって『美山なら勘兵衛の地鶏を食べるといいよ』と紹介されて訪れてくれる方もいます」
季節ごとの食と手仕事を楽しみ、伝える
ここでしか食べられない味を求めて、各地からお客さんがやってくる勘兵衛。期待に応えようと、一家総出でおもてなしをしています。
食材や料理のコツを学びながら、今後は手仕事ワークショップを提供し、より美山ならではの体験を楽しんでもらえるような場所にしていきたいと考えています。
「つるあみ体験のワークショップをやりたいです。勘兵衛でランチを食べてもらった後に、山から採ってきたつるを使って、みんなでカゴを編むことができたら楽しんじゃないかと想像しています」
他にも、水車で精米した後のお米をぬか通しする「水車米ぬか通し体験」も準備中。食だけではなく、暮らしの体験からも美山を感じられる場所になりそうです。
義父母から学んだ暮らしの知恵
井爪さんが美山の食と手仕事を伝えたいと思う背景には、義理の両親の暮らしぶりが大きな影響を与えています。
「嫁に来て一番驚いたのが、義父の日常です。日々の備えを抜かりなくしていて、何があっても生き抜ける力に感銘を受けました。3年分の薪が備蓄してありますし、もし水道が止まっても、水源地を知っているから困ることはありません。また、キビやアワ、特にヒエの種は100年でも保存できると言われていて、保管しておけば、万が一食糧危機が起こっても暮らしていける力を感じました」
店内にある調度品も、義父が手作りしたもの。机やメニュー表、看板などは地域の木材を活かして、作りました。
井爪さんには中学生のお子さんがいます。幼い頃から家族の働く姿を見てきたからか、将来は「料理人になって勘兵衛を継ぎたい」と話してくれているそうです。
「未来のことはどうなるかわかりませんが、良い土壌を残して息子に引き継ぎたいですね」
観光名所を回るだけではなく、そこで暮らす人と話し、暮らしを体験する観光は、深く心に刻まれます。そんな旅をしたくなったら、勘兵衛のように暮らしをお裾分けしてもらえるような食事をいただき、ワークショップに参加しながら、地域の人と交流してみてはいかがでしょうか。